「誰かのために生きる」は他人軸だけど、表現者は自分軸

そして、要君の気づきは自分が表現者なのかもしれないということ。「誰かのために生きる」は他人軸だけど、表現者は自分軸。もちろん人が自分の表現を受け入れてくれる、評価してくれることは喜びであるかもしれないけど、発信の元は自分。
 私もそうなのだと思う。そして、表現者が生まれてくる場を作りたいと思っていることを改めて思います。言葉だけではない表現は多様です。みやの森から表現者が何人も生まれてきているのは嬉しいなあ。

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